日常ステッキ(転んだ先の知恵)

限りなく偏愛に満ちた音楽、映画、文学、アート、その他日常に感じる素敵な事柄、あるいは事象に関する覚え書

聖なる蜘蛛は白塗りで紅を引き、内なる母を舞う

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大野一雄

ただ単に踊ることとして片付けられるほど
ダンスという表現は単純なものではない。
それを言葉で語るにはさらに困難が伴う。
ひとたび身体表現だと捉えれることで
モダンダンス、あるいはコンテンポラリーダンス
ひいては舞踊であれバレエであれ、
全てが人間の肉体を通して奏でられる以上、
一つの美への追求ということになり
その奥行きには肉体が持ちうる限界というものが
どうしても立ちはだかってくるように思われる。

この身体表現の可能性をどこまで押し広げていっても
どこかで表現の壁に突き当たってしまうとはいえ
肉体という有機物を資本にして奏でられる美そのものとして
そんな限界こそが、どこか儚い夢物語を形成しているような気がしている。

一方で、舞踏という表現がある。
舞踏とはいわゆるダンスではない。
では、舞踏とは何か?
「舞踏とは命がけで突っ立っている死体」だといったのは土方巽だった。
舞踏とは、モダンダンスのような様式美を
真っ向から否定するものなのか?
それはこと土方巽に限れば表層の美から離れて
美の観念から離れ無限に広がってゆくような、
つまりはなにものにつきうごされうる魂の表出美であり
技を超えたもの、とでもいうのだろうか。
そうした情動に揺さぶられることになる。

舞踏「BUTOH」の源泉を遡れば、
当然、土方巽大野一雄、この二大巨頭が
即座に浮かんでくるのであるが、
だが、ここでこの二人を比較しようという意図はない。
この二人はともにドイツ、ノイエ・タンツ(新しいダンスの意)の洗礼を受けている。
すなわち、西洋的なる表現主義としての踊りは
あのピナ・バウシュなどが継承するモダンダンスの流れにあるものだ。
そこから入った二人がいみじくも舞踏へと向かう。
しかも土方は初めて観た大野一雄のダンスに
啓示を受けるほどに触発されたという。
だが、二人のベクトルは似ているようで
どこかで違っていったように思える。
同じ舞踏でも同じものは二つとしてない。
今日の「BUTOH」を見ればわかることだ。
もはやモダンダンスの領域を侵食しながら、
一つの表現の形として進化を続けている。
しかし、この辺りのことを書き進めるだけの言葉は
残念ながら持ち合わせてはいない。

自分が舞踏に興味を覚えたころには
すでに土方巽はこの世を去っており、
その流れを組む山海塾、白虎社、
そして勅使河原三郎などが表現者として現前にいた。
白塗り、剃髪のスタイルで、同じ日本人としてみても
異様な形態に思えたが、どこかで雷鳴のごとく
その表現世界に啓示のごとく感銘をもたらされたものだった。
土方巽については、澁澤龍彦瀧口修造の言葉から、
その薫陶を受けたに過ぎない。
つまりはこれこそ、ポエジーへの称賛だ。

一方で、大野一雄という舞踏家は103歳で天寿を全うし、
100歳を超えてなお、踊る意欲に突き動かされていた。
老いとともに失われてゆく肉体の限界に抗いながら
まさに舞踏を生業として生きた人である。
函館に生まれた大野一雄の若きころは
女学校で体操を教えていたというから、
これもまたノイエ・タンツの洗礼を契機に
舞踏への道をひたすら邁進していった天命の人でもあった。
しかし若き大野はすでにスペイン舞踏の舞姫
ラ・アルヘンチーナの公演を見て衝撃を受け
その思いを五十年にわたって温めていった。
それは1977年「美と力」(ラ・アルヘンチーナ頌)
として土方巽演出により初演されたソロ作品となる。


大野一雄を初めて目の当たりにしたのは
ダニエル・シュミット監督による映画作品『書かれた顔』である。
黄昏の晴海埠頭で、まさに天空から舞い降りた宇宙蜘蛛のように
妖しく、そして儚く自由に踊る姿に
思わず心が揺さぶられてしまったのである。
それはこの世でもっとも美しいものの一つに思えた。
横浜の劇場テアトル・フォンテ、晴海埠頭、自宅で撮影された、
その時の記録はまた別の形『KAZUO OHNO』として
十五分ほどに編集され残されているがこれもまた素晴らしいものだ。
シュミットの思いがレナート・ベルタのカメラワークを通して
その儚き美を見事に刻印している。

その後、横浜で『宇宙の力』という舞台を鑑賞する機会もあり、
それを目の当たりにしたときの衝撃は忘れらない。
大野一雄の舞いにはそれほどのインパクトがあった。
まさに芸術の真髄が溢れていた。

がしかし、言葉で追い求めれば追い求めるほど
それは難解かつ詩的なものとなってゆく。
大野一雄の踊りはインプロビゼーションである。
あらかじめ、訓練された肉体の運動を
再現するようなものではない。
むしろはなから拒絶しているように思われる。
内的であり、精神的であり、宇宙的である。
どこかで生を超越し、永遠の魂を表現している点に
魅了される。

シュミットが描く夢物語とは全く異なる美、
かつて舞台から離れ、一時期映画制作に没頭していた頃に撮られた「O氏三部作」がある。
その記念すべき第一弾『O氏の肖像』という実験的作品で
これまた内的世界の探求を試みている。
舞台は日常、まさに身近な実験である。
つまりは生活そのものに密着した魂の発露の記録である。
ここには自身の関わる場、学校や自宅周辺が舞台となり
時代の空気感を伴いながら、
大野一雄原風景への挑戦が刻印されているが、
映像を通してみる世界は過酷だ。

舞踏がまだアングラ表現としての認識の最中
高度成長期、安保闘争の時代とともに
暗中模索を生きる大野一雄の踊りは
その映画の中で生と死、人間の宿命そのものと
真摯に格闘しているように見える。
踊ること、すなわち肉体の表現は魂の交感となって
ありとあらゆる万象との波動を伝えているのだ。

大野一雄はドレスを纏い、紅を引いた。
その白塗りはあくまで女という原風景に戻るための準備である。
その女とはなんだろう?
つまりは、生命の根源へと帰る、胎内回帰でもあり、
母なるものへの畏敬でもあるように思えてくる。
この世に生を受け、その果てに土に還り、
そこから再び宇宙へと帰っていったのである。
大野一雄の舞踏は生命の輪をぐるぐると回る軌道に上にあって
ひとり妖しく立って、
そして何よりも美しいポエジーを捕獲せんとする
聖なる蜘蛛のような動きを見るのである。

 

No.1になりたきゃ、炊飯器をだきな

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殺しの烙印 1967 鈴木清順

オープニングに流れるテーマ

男前の殺し屋は香水の匂いがした
「でっかい指輪をはめてるな」
「やすかねえんだ。」
「安心しろ、そいつにはあてねえよ。」
曲がったネクタイを気にして死んだ
寝ぼけ顔の殺し屋は寒そうに震えていた。
「女を抱いてきたのか?」
「あたりきよ。」
「湯たんぽをだきな。」
熱い鉛を抱いて死んだ。

『殺しの烙印』のテーマ 作曲」山本直純 歌:大和屋竺

時代より感性が先んじる。
まさにそんな映画が鈴木清順による『殺しの烙印』である。
そのことに異議を唱えるのは野暮である。
いや単におふざけが過ぎた映画と呼べなくもない。
実際そうだ。
わけのわからない映画を作るといって
日活を解雇されてしかも10年もの年月を干されてしまった問題作、であるが
今みると、清純の才能の勝利にだれもが嬉々として
祝杯を掲げるだろう。
不思議なものだ。

確かにわけがわからない。
そんなところもある。
が、それがなんだというのだ?
飯の炊ける匂いにエクスタシーを覚える殺し屋 No.3
花田五郎をエースのジョーこと宍戸錠
殺し屋をはまり役で演じている。
そうはいっても、おそらく宍戸本人さえ
映画をきちんと理解して演じているとは思えない。
No.3だから殺しに失敗したのか、
はたまたNo.1になれないことで失敗が許されるのか?

そんな哲学的な映画でもなんでもない。
ただただ映像としてキレがあり、
視覚的にグイグイ引っ張られてしまうクセになる映画であることは間違いない。

偶然かそれともパクったか、
いみじくも1967年に撮られた
ジョン・プアマンによる『殺しの分け前/ポイント・ブランク』に類似しているという声もある。
はちゃめちゃなフィルムノワール
シュールな展開という点ではそうかもしれないが、
よもや炊飯器で炊きたての飯に興奮する殺し屋は
鈴木清順をおいて誰が発想しようか。
もっとも、この炊飯器こそはスポンサーパロマの商品ゆえに、
映画内でどう扱うか、という命題にさらされていたわけだから、
いかにも清純的天の邪鬼な発案だと言って過言ではない。

それにしても、モダンな音楽の喧騒との途中に挿入される清純美学の数々。
遊びなんだか、ふざけてるんだか、
画面に蝶や雨のグラフィックを走らせたり、
義眼の下からダイヤモンドを取り出すシーンは
『アンダルシアの犬』のパロディか。
広告看板の動くガスライターの間からの狙撃。
あるいはトイレの便器の渦巻く水に髪の毛の束がぐるぐる回る
「水道管逆流」マジック。
無数の蝶、昆虫の標本のようなマリアンヌの部屋。

それぞれに意味を見出したいかもしれないが
そんなこたあ知ったこっちゃない、ってな感覚が
ひたすら突っ走る。
やおら耳をつんざく銃声が、
殺し屋たちの獣性となって暴れまわるだけだ。

殺しのランキングに漏れたからって、何を嘆くのか?
大正男のロマンティシズムとでも言いたいのか。
そこに男のロマンを感じたいなら感じるがいい。
脚本クレジット八人集、具流八郎の中の一人、
大和屋竺の歌う主題歌の切なくも渋いブルースが
身にしみる。
それだけでも十分な映画なのだ。

そもそも殺し屋のランキングというものが
何によって定義されるのか?
そんなことを聴くのは野暮ってことだ。
やっぱり、鈴木清順は面白い。
それでいいのだ。

ラストシーンに流れるテーマ

青い顔の殺し屋は見覚えがあった。
「誰だ? どっかで見た顔だ」
「やるか?」
鏡の向こうに砕けて消えた。

『殺しの烙印』のテーマ 作曲」山本直純 歌:大和屋竺

 

我が家のカントリーミュージック定番セレクション

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Hank Williams 1923−1953

実家は新大阪にあるが育ちはもっと田舎だ。
あえて町の名前は伏す。
南の方だ。
町をあげてだんじりが駆け回る町。
祭りで学校が休校になったっけ。
繁華街はなく、時代も手伝って、周りは田んぼだった。
土の匂いを覚えている。
泥の感触が蘇ってくる。
田んぼでサッカーや野球をしたものだった。
そう、まさにアパッチ野球軍みたいなそれだ。
中学を機に、そんな田舎生活とおさらばすることになるが、
どこかで田舎をひきづっている。
ノスタルジアというほどのものでもないが・・・

田舎者が小ばかされる風潮は今も昔もそう変わらない。
「おのぼりさん」への潜在意識が
生粋な都会人をきどっているものには
どこかにすりこまれている絶対的な侮りの感覚なのかもしれない。
それでいて、田舎を持つものへの憧れや羨望が
どこかであるのだから矛盾している。
とはいえ、価値観の多様化、インターネットの普及で
地方がぐっと身近になった気がするのは確かである。
今時、都会も地方もない。
少なくとも、音楽にはそんな区別はない。

仮に田舎という響きからカントリーミュージックを思い浮かべるとしよう。
確かに、かつてはカントリーミュージックなんて
垢抜けしない音楽の代表として認識されていた。
かくいう自分も高校生時分に
教室でバンジョーを弾く同級生をどこかで蔑視していた気がする。
その同級生はバンジョーが上手だった。
けれども時代はロック、ポップスの全盛期で
パンク、ニューウェイブの流れをひたすら聴き入っていた自分には全く心に響かなったものだった。
だから当然カントリーミュージックなどは論外であった。

そうして、時代は流れた。
時代のせいだろうか?
カントリーミュージックが心に染みる年代になってきた。
もともと、フォークやルーツミュージックは
カントリーの流れにあったわけで、
カントリーに魅了されるのは時間の問題だったわけだ。

アメリカンルーツミュージックには
いい音楽、つまりはお宝がいっぱい詰まっているのだ。
今更ながらにそう思う。
そんな中で、カントリーミュージックを再評価しようと思ったのである。
素朴、純朴でありながらも、なぜか沁みてくるメロディ。
その音に魅せられている今、
ようやく音楽とは何なのかがわかり始めた気がする。
そう、音楽はジャンルなんかどうでも良いのだ。
カントリーもロックも、クラシックもジャズも、
全てが魂を揺さぶる全ての音楽こそがここにあるのだ。

*Hank Wiiiams :Anthology

カントリーといえば、この人は絶対に外せない。
ハンク・ウイリアムズ。その代名詞だろう。
享年29はいかにも若すぎる。
必ずしも幸福な生涯を送ったわけじゃないが
多くのミュージシャンが曲を取り上げていることからもわかるように
今改めてその才能が評価されているミュージシャンなのだ。
じっくりと聞くと、牧歌的というよりは
哀愁が漂ってきて、ついには涙が出てくるような曲が多い。

Anthology

Anthology

 *Hank Williams Tribute by Various Artists: Timeless

このアルバムを聴いていたら、
やはりハンクの偉大さを実感するな。
参加メンバーもなかなかである。
ボブ・ディランを筆頭に
シェリル・クロウKEB' MO'、ベック、マーク・ノップフラー、トム・ぺティ、キース・リチャーズ、エミルー・ハリス、ハンク三世、リアン・アダムス、ルシンダ・ウィリアムスジョニー・キャッシュまで。
何よりもその楽曲が素晴らしい。

Timeless: Hank Williams Tribute by Various Artists (2001-09-25)

Timeless: Hank Williams Tribute by Various Artists (2001-09-25)

*Lucinda Williams:Car Wheels on a Gravel Road

カントリーロックの姐御ルシンダ・ウイリアムズ。
グラミー賞の最優秀コンテンポラリー・フォーク・アルバム、
というだけあって出来は良い。
素朴なカントリーというよりは
ルーツミュージックをうまく昇華した珠玉のアメリカンポップ
と言えるかもしれない。
ここにもハンク・ウイルアムズの影が覗くが
詩人でデルタブルースを愛した父親の影響下にある
ルシンダの知性に惹かれる名盤。

Car Wheels on a Gravel Road

Car Wheels on a Gravel Road

*Bill Frisell:The Willies

アカデミックなジャズギタリストから
素朴なカントリーやルーツロック、ポップミュージックまで
そのジャンルにも造詣の深いギタリスト、
ビル・フリーゼルのカントリーサウンド
ドブロやバンジョーなどもこなしながら、
カントリーの良さをさらに噛み砕いて、
まさに自らのルーツミュージックとして
独自の解釈を加えて
それでいてウォームハートなサウンド
親しみやすいアルバムになっているところがすごい。

ザ・ウィリーズ

ザ・ウィリーズ

 *Lonesome Strings & Mari Nakamura:Folklore Session

その昔SAKANAとのカップリングライブを観て、
いいなと思っていた中村まり
桜井芳樹が立ち上げたLonesome Stringsをバックに
本格的なルーツミュージックを展開している。

中央線沿線の懐かしい匂いと音に熟成が堪能できる。

Lonesome Strings & Mari Na - Folklore Session [Japan CD] MDCL-1515 by Lonesome Strings & Mari Na (2011-06-01)

Lonesome Strings & Mari Na - Folklore Session [Japan CD] MDCL-1515 by Lonesome Strings & Mari Na (2011-06-01)

 

*Jerry Douglas: Traveller

数々のレコーディングに参加、またはプロデュースしてきたジェリー・ダグラスのソロ。
13回のグラミー受賞歴を誇るというから、
その音楽に偽りはない。
ジェリー自身、アリソン・クラウス&ユニオン・ステーション のメンバーでもあり
ドブロの神様と言われるほどだから、
クラプトン、ドクタージョン、ポール・サイモンなど
参加ミュージシャンも豪華なこのアルバムは
掛け値無しに素晴らしい。

Traveller by Jerry Douglas (2012-08-20)

Traveller by Jerry Douglas (2012-08-20)

*Gillian Welch:The Harrow & the Harvest

公私にわたるパートナーである
デヴィッド・ローリングスとギリアンが達した円熟の境地ここにあり。
演奏はあくまでトラディショナルで古典を踏襲するスタイルだが
すでにベテランの域へと向かう彼ら二人にハーモニーが素晴らしい。
新しさのかけらが少しもないあたりが、
彼らがホンモノ志向だということの証でもある、
そんな名盤である。

The Harrow & the Harvest

The Harrow & the Harvest

 

*Gram Parsonsg>:GP

バーズ、フライング・ブリトー・ブラザーズからそソロへ。
商業的な成功こそ収められ収められなかったが
カントリーロックの騎手として
間違いなくその道の重要人物として記憶されているぐらぐらむグラム・パーソンズ
かつてはキース・リチャーズミック・ジャガーと並べられて賞賛されていたほどである。
ドラッグが全てを奪ってしまうという、
ある意味典型的なミュージシャンとなってしまったが
残された音楽はその才能を雄弁に物語っている。

Gp

Gp

 

  *Johnny Cash:THE MAN COMES AROUND

あのプレスリーに肩を並べるほどのヒット曲をもち
言わずもがな、カントリーの大御所である。
無論、カントリーの枠に収まりきれず
ゴスペルやルーツミュージックの担い手である。
俳優としての活躍も見逃せない男だったが
ジェイムズ・ジョイスディラン・トマスを愛した男でもあり
曲には波乱万丈な人生の重み、深みを溶かし込んだ。
薬物にまみれ負の連鎖がキャッシュを苦しめたが
カントリーの枠だけで聴くにはもったいないほど
豊かな音楽が流れている。
ナイン・インチ・ネイルズのカバー「Hurt」はまさに
そんなキャッシュの人生を反映して胸に迫ってくる。

THE MAN COMES AROUND

THE MAN COMES AROUND

 

 *Bob DylanThe Freewheelin’Bob Dylan

カントリーというジャンルだけで、
ディランを語ろうとは思わないし、語れないのだが、
それでもここにはカントリーのエッセンスが
たっぷりと流れている。
他にも名盤目白押しのディランではあるが、
ジョンやポールをも虜にしたこのアルバムが大好きだ。
当時のガールフレンドスーズ・ロトロとの写真が使われたジャケットも素晴らしい。
「 Blowin' in the Wind」に代表される名曲揃いはいうまでもなく
わがディラン熱もまた、ここから始まったのであった。

フリーホイーリン・ボブ・ディラン

フリーホイーリン・ボブ・ディラン

 

 

蕎麦にいてくれるだけでいい

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そばにいてくれるだけでいい♪

昼間に十割をいただく。
やはり、美味い。
勝負事に十割、すなわち負け知らずは夢の世界だけれど
蕎麦の世界は打ち手の匙加減次第。

もっとも蕎麦は二八か十割か
人それぞれ好みは違うもの。
それでも蕎麦は蕎麦で、わたくしどちらでもいい。
ただ十割をいただいた方が何となくありがたみがある、
つまり、二八が主流だから、というぐらいのもの。
無論、食感のザラザラ、蕎麦粉風味がいいというのもあるのですがね。

何れにせよ、やはり蕎麦は手打に限る。
夏は特に食欲がなくなるし、
そんなおりは、ざる蕎麦やせいろなど、いいですな。
冬は冬で、温かい汁をぐっと。
あたくしは、鴨せいろなどに舌鼓を打ちます。
ルーチンワークはいやですが、
このルチンたっぷりの蕎麦には飽きませぬなあ。

せいろで一枚たいらげて、
そこへ緋色の湯桶からそば湯をいただくってな時は、
実にしんそこ幸せな気分になりますね。

この蕎麦湯、元禄のむかしからあると聞きますが、
昔の蕎麦職人といえば、
そばの湯で加減こそが腕だという。
それこそ濃い蕎麦湯は下手な職人とされていたそうですが、

あたくしはポタージュ風の蕎麦湯が好きなのです。
さらさらの蕎麦湯もわるかないんだけれど、
残ったそばつゆと一緒にそば粉たっぷりのポタージュ風でやるのが乙。

一般的に食しているの二八蕎麦
江戸時代はこれがだいたい16文というから
九九で二八十六の計算からそう言われているらしい。
今でいうと4百円ぐらいなのかな、
もともとはそんぐらいの庶民的な食文化だったものが
ちょっと敷居が高くなりつつあるそば文化。

とは言え、蕎麦は日本の優秀な文化の一つ。
なんなら夜には蕎麦屋で一杯飲むってのもいいよなあ。
この蕎麦屋で出る品々がななかなどうして趣がありますから。
くれぐれも、太い蕎麦などは御勘弁していただきたいものでございます

視覚の革命は脳髄体験するための触媒となる

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Alain-Jouffroy 1928−2015

フランスにアラン・ジュフロワという美術評論家がいる。
評論家、というよりは詩人といった方が正しいだろう。
ぼくにとっては、晴天の霹靂
そんな、まるで雷にうたれると同時に
また、雨に濡れる官能を知ったときのような
不思議な歓びと驚きといった
いくぶん大げさな感慨をもつ書物というものがあって
まさにジュフロワの『視覚の革命』はそういう本というわけだった。

活発に「視覚の革命」を欲していた十代の終わり頃、
この本にであったのはまさに事件だった。
シュルレアリスムやダダ、ポエジー、そして革命!
まるでそれは人生にとってのサプリメントのような魅惑の言葉が
注目すべき画家たちの魅力を詩的に形成していたのだ。
このような波動のガイドは、他にもいろいろあるが
まさに詩人のことばで網膜上の興奮の数々を伝える本書に、
まさにその目撃証言にやられてしまった。
この本からはずいぶん影響を受けたなあと思う。

デュシャン、エルンスト、ピカソ、クレー、ダリ、ミロなどが第一階層だとすれば
ヴィフレド・ラムやロベルト・マッタ、ヴィクトール・ブローネル、アンドレ・マッソン、アーシル・ゴーキー
そういった目もくらむ響きが第二階層となって
ぼくをさらなる「視覚の革命」へと誘ってくれたのだった。

ちょうど図書館にあった本だったので、借りてよんで、ノートをとっていたけれど
それもどこかへいって、網膜から脳髄の奥へとしまわれた。
やがて絶版になってしまい、いまはインターネットというツールで
ずっと失われた時を求める旅をしていたのだ。
そうして再びめぐりあった本は、
まるでむかしの恩師に何十年ぶりかで遭う様な気持ちにさせてくれる。
といっても、残念ながら、実際の意味における恩師などという存在ない。
ある意味で、ぼくの眼や耳に留まるものはすべてがセンセイなのだから。

澁澤龍彦にはじまり、ボルへス、ブルトン瀧口修造
そしてこのアラン・ジュフロワ。
幻想文学〜絵画への夢先案内人として現れたセンセイたちを前にして
ぼくはかなり熱心な生徒だったと思う。

「一枚の絵画とは、久しいあいだ人に住まわれなかった家に、未知の人間がいきなり到着したのにも比すべき事件であるべきだ」
とジュフロワは書いている。
この本に書かれている言葉は
ぼくにとってのアート〜詩・ポエジー版バイブルとなり
たぶんそれは時間を経てもいっこうに色あせていないもののように思われる。
美術の内と外、そのどちらにいても必要なことばがここにはある。
これはいわゆる美術評論集などではない。
それは「個人の意識の核にあるあらゆる現実の顛倒をめざす革命」なのだ。

人間的な事件の出現を別の眼で見、外観の動揺をわれわれの脳髄の別の細胞で理解すること、そうなれば、世界は真に「別のもの」となり、自己同一性の原則は終焉を迎えることになる。そのとき無意識的なものは、意識とのあいだに、真の、直接的な対話を始めることになるに違いない。
『視覚の革命』 アラン・ジュフロワ/西永良成訳 晶文社 1978

アラン・ジュフロワははやくからシュルレアリスム運動に関わった詩人でもあったが
たぶんにもれず、その先導たるブルトンらによって除名されている。
その理由は、恋仲であった女を自殺に追い込んだとの廉で、
同志マッタを運動から除籍しようとした暴君ブルトン
抗ったというので、
追放されてしまったというのである。

権威よりも友情に厚く、
観念よりポエジーを愛したジュフロワの新たな人生が
そうして始まった。
その追放がかえって、
彼をして、まさに真の自由=ポエジーを獲得させるにいたったのは皮肉ではあるが、
偶然の必然であったこと証明することになるのだ。
「世界は<自己>を表現しようとする人々によっては決して変わらないだろう」そのことを知っていたのである。
こうして駐日フランス大使館の文化参事官を務めたジュフロワは
日本にも造詣が深く、いち早く文化交流の旗手を担った詩人であり、
表現の個を橋渡しすることで、
詩人として、触媒として、功績を残すことになるのである。

瑛九の眼差しは魂の永久運動を感光する

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瑛九夫妻 1952 玉井瑞夫

EI-Qこと瑛九という、ちょっと変わったペンネームの画家がおりましたとさ。
主に抽象画から版画、印画紙の特性を生かしたフォトグラムまで
まるで光のごとくわずか48年の生涯を駆け巡ったアーティストである。
いわゆるフォトモンタージュというという
マン・レイが試みた前衛的手法を新たに再構築したような世界を垣間見れば
瑛九もまた“光”に魅了された男であったことを理解するだろう。
もっとも、その作風を見ていると、
思わず影絵の男と言っていいのかもしれない。
どこかで観た風景ともいうべき物語が展開されている。

一般的に前衛や抽象と呼ばれると、どうにも構えてしまうこともあるが、
瑛九の場合、ほーとかうーむ、ではなく、
ぼーっと佇むだけで、まったくもって無防備にさらされた
魂の原風景という感がする。
深遠だけれど、ふつふつと沸き起こる情熱を受けながら
無音の語りに耳を傾ける、そんな点描画の数々。
それは瀧口修造好みの未完のパッションでもある。
氏曰く

それは「通りすぎるもの」が残す翅の幾辺、血のかげりのようなものの証拠、ほとんど指紋に近いもの、そういったものではなかったのか。すくなくとも瑛九には、抽象化されてしまわないようなもの、されることを好まないようなものがあるのだ。そして芸術家として陥りがちなこの時代と生活の罠を微笑しながら通り過ぎていったのではないか。
「通りすぎるもの・・」瀧口修造 
「余白に書く」みすず書房より抜粋

なるほど、彼もまた、この画壇という空間を
足早に駆け抜けた、風のような画家だったのかもしれない。
50を待たずしてコトリ、彼の首が西をむいたのは、
偶然ではなく、宇宙の風穴に吸い込まれでもしたのだろう・・・・

写真家玉井瑞夫が残したフォト・エッセイの数々に
静謐な美しさとその優しい人柄が宿っており、
この画家の生前のみずみずしさを言い伝えている。

とにかく、当時の僕は彼の絵より、彼の人間的魅力にとりつかれ、瑛九のまわりには、そ んな同類項がたくさん集まっていた。我々は、仲間同士で話す時も、他の人に話す時も、ずっと年上で大先輩の瑛九のことを、 「エイキュ-」、「エイキュ-」と気やすく呼んでいた。彼は我々を完全な仲間にしたので ある。彼は仕事のことでは、友人に対しても実に厳しい人であったが、それを離れると非常 に柔和で、愛情が深く、子供には子供の、犬には犬の高さで接する人であった。
玉井瑞夫『瑛九逝く』より 

出棺前、彼の友人たち、
瑛九を師と仰いだ若き日の池田満寿夫などが、
彼のデスマスクをスケッチしたという。
その人となりまではよくしらないが、
写真を見ると牛乳瓶の底のような分厚いメガネをかけ
玉井氏によれば「レンズのゴミなどまったく気にしなかった」というし、
出かけるときも作業服のままといった、
いわば外見にはほとんど無頓着、
絵ひとすじだったこの画家の姿に頬が緩む。

無名の職人瑛九よ、その魂に永久なれ。

観音か官能か、ツボにハマって元祖SMクイーンに悶える季節

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花芯の刺青 熟れた壺 1976 小沼勝

ちょっとやそっと、女のハダカを見せられたって驚くような時代じゃない。
検閲などあってないようなAV天国。
猥褻裁判、あれってなんだったんですかねえ?
隠微さも薄れ、恥じらい奥ゆかしさなどはすでに死語。
エロの大国ニッポン。
はて、それでいいんでござんすかねえ。
近頃じゃ女子の方があっけらかん。
男子はすっかりすっからかん。
ゆえに少子化問題は未来を滅ぼすか、ってなことだが
そんなことはさておき、
問題は官能性と生殖行動が結びつかないこと。
ひいては想像力の欠如、衰退、無関心にあり。
あくまでも、これは映画の話なのであります。

名匠小沼勝の最高傑作と誉れ高き『花芯の刺青 熟れた壺』。
『熟れた壺』いうんもあって、そっちも悪かないが
こっちの方が映画としての出来がいい。
騙されたと思って観て欲しい。
いやあ、いかった、実にいかったわぁ。
よっ、観音様!
スクリーンで拝む谷ナオミって女優は最高だ。
そう、絡みあっても女優魂はしっかり伝わってくる。

その女体のしっとりじっとりうっとり美しいこと。
肌、肢体、吐息。
そして苦痛の眼差し、おまけに品がいいとくる。
どれをとってもけちつけようなき素晴らしさ。
あんね、この女優、日活ロマンポルノのスターとかSMの女王とか、
そんなわざありふれたフレーズだけじゃもったいない。
そこはみうらじゅん氏に経緯を称して
日本が誇るサブカル女王とよんでもいいわけさ。
大坂でもなきゃ、渡辺でもない。
キャンベルでもスコットでもワッツでもない。
むろん、『痴人の愛』のナオミでもないってこと。
おぼえといてちょうだい。

最後、歌舞伎の「道成寺」の刺青彫るとこの悶え、
うっわぁ、ってな感じ。
そしてうふふから唐突にえいっ、みたいに
最後飛び散った鏡の破片にみずから裸体のまま飛び込んでぐっさり、
果てるまでのシーン、よかったねえ。
彫師蟹江敬三もよかった。
あれぞ美、ザッツビューティー

この映画の美は谷崎の世界にも通じるし、
溝口の世界でもある。
でも増村なんかとはちょっと違うかな、って思う。
例えば若尾文子演じる女郎蜘蛛『刺青』なんかは
なんていうのか、観念が先にきてたなあと思う。
谷ナオミに競り上がるエロスの域とは正反対のもの。
若尾文子って女優は替え玉を使って決して裸体を晒しはしなかったが、
こっちはもっと直接的な感じ、ダイレクトな女の官能性を惜しみなく投げ与える感じ。
なんとも深い感じ、とくと眼に焼きつけたわ。

なんやらこむづかしいことになってきたましたか。
いや、要は女の美ってなもんを
文芸以下ゲイジュツ未満でみさしてもらいましたいうことなのよ。
はい、おしまい。
ナオミさんに惚れました。
あの乳房はじつにええ形やったなあ。
何より表情が素晴らしい。
まさに芸術品。
女の裸が生きもんみたいやった。