日常ステッキ(転んだ先の知恵)

限りなく偏愛に満ちた音楽、映画、文学、アート、その他日常に感じる素敵な事柄、あるいは事象に関する覚え書

傷だらけの乙女、愛と苦悩と闘争の、けして軽やかではない画業

 

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『Deer』Freda Kahlo.1946.

つながった眉毛、うっすらひげをはやした
民族色の濃いインディヘニスモを代表するメキシコの画家、
マグダレーナ・カルメンフリーダ・カーロ・イ・カルデロンこと、
フリーダ・カーロほど波乱万丈という言葉のそのものの
女画家を他に知らない。
それゆえ父ギリェルモの母国語ドイツ語フリーデン(平和)から
命名されたというフリーダ、
まさにその真逆であるかのような生涯を生きた画家は
圧倒的な絵画の力をかりて人々を魅了し続けている。

諸々の身体的、肉体的な負い目のことを
たとえ何一つ知らなくても、
その絵を見れば、人は彼女の人生の苦難を
いやが応にも感知しないではいられないはずだから。

生涯に渡る膨大な手術の数。
その痛々しい自画像は彼女の専売特許であった。
矢の刺さった鹿の自画像、
しばし登場する不気味な髑髏、
あるいは吐瀉物に囲まれベッドに横たわる自画像
おびただしい血痕。
肉体に釘が打ち込まれ、
生々しい流産の絶望的描写。

本来は誰をも幸せにするはずもない
こうした絶望に瀕した彼女自身の姿を
絵というフィルターを通して見ていると
不思議にも、その痛みへの嫌悪というよりは
憐憫を凌駕した言いようもない思い入れのような情動に
撞着して胸が高ぶってくるのだ。
絵はまさに彼女の生きる希望であった。

それは、ロシアの革命家トロツキー
シュルレアリスムの権化たるアンドレ・ブルトン
あるいはデュシャンカンディンスキーピカソでさえ
抗えなかった感情である。
いや、むしろ、そうした絵に浮かぶ苦悶こそは
彼女を輝かせる最高の装備品だったのかもしれない。

それは20歳年齢の離れた画家で夫の
ディエゴ・リベラとて同様だったのだろう。
後期彼女の人生を支配したこのリベラの逸脱した女癖は
またしても肉体以上に彼女を苦しめることになる。

リベラはフリーダにとっての憧れであり、
深い愛の対象であり、リベラとの間に子供を望んだがゆえに
彼女のはてぬ想いはついには憎悪へと増長してしまった。
だが、一度離婚し、すぐさま関係を修復している。
まさになんども泥沼の形相を帯び、二人を修羅場が襲う。

そんなフリーダは18歳の時に受けた交通事故で
瀕死の重傷を負い、以後後遺症に苦しみながらも
その生涯を愛に捧げようと
乙女のように煩悶しながら生きた情熱の人だった。
フリーダが身にまとった民族衣装テワナは
リベラへの献身をも意味していた。
日々、そうした衣装をまとい
「大好き」と刺繍を施したナプキンで包んだ愛妻弁当
リベラの元に届ける、そんな純情な乙女だった。
なんと健気な女房であることか。
それを男の勲章であるかのように
フリーダの心をなんども踏みにじるリベラ。
助手に手を出し、フリーダの妹にまで手を出す始末。
フリーダの痛みは肉体と精神両刀に貫かれていた。

2007年には生誕百周年を記念しての大回顧展が催され
世界各国から40万もの観客を集め好評を博したという。
そのファッション感覚はヴォーグ誌を飾り
デザイナーたちのインスピレーションを大いに刺激した。
今尚、メキシコでの人気は想像以上に熱い。
多くの人を魅了した女性性に溢れるフリーダの人間的哀愁。
その世界を一度垣間見たものなら、
悲しみも喜びも、苦痛も快楽も
全てを飲み込んだフリーダ・カーロという宇宙の存在に
引き込まれずにはいられないだろう。