日常ステッキ(転んだ先の知恵)

限りなく偏愛に満ちた音楽、映画、文学、アート、その他日常に感じる素敵な事柄、あるいは事象に関する覚え書

思考よりも速い男、ユー・アー・エイヴリーシング!

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テックス・エイヴリー

世の中には説明下手、
言葉足らずに悩む人間が少からずいるはずだ。

心配はいらない。
それはある意味高度な能力であるのだから
だれにでもできる芸当ではないと思えばいい。

自分におきかえても、時々考えていること、
あるいは、目の前で起きていることを
だれかに上手く説明しようとして、
言葉に限界を感じてしまうことななんてザラにある。
さて、どうしようとなった時に、
頭の中はなぜかアニメ、というかカートゥーンのような
そんな動き、映像が駆け巡っていることさえある。
あれをそっくり表出させ
タブレットか何かで見せられたなら
随分爽快な気分になれるだろうな、なんて思う。

足が車輪のようになっていたり、
目がこれでもかっていうぐらいに飛び出していたり
そのまま宇宙に届いたり、
身体が固形物のようにバラバラになったり、
紙のようにぺっちゃんこになってみたりする
あのきわめて明確なる究極の感性。
あれ、あれなんですよねえ。

たとえば、マグリットエッシャーの世界観を前にする人間は
おそらく想像力を駆使して
なんとかその隠された意味を汲み取ろうとするに違いない。
が、ことカートゥーンの場合、
そんな難しいことなど考える暇もなく、
目の前の事情を即座に理解するしかないのだ。
あのスピード感についていくだけだ。

そんなことを考えていて、ふと閃くのは
フラッシャー兄弟、あるいはテックス・エイヴリーカートゥーンのことだ。
正直、時代感覚は少しずれていて、別段特別な思い入れなどない。
アメリカのセックスシンボル『ベティ・ブープ』のことは
しっかり覚えていたけれど
それがフラッシャー兄弟によるものだなんてことは
気にもとめていなった。

あるいは『トムとジェリー』然り『ドルーピー』然り
あの絵は強烈に焼きついていたのだけれど
それがテックス・エイヴリーによる匠の技だったなんてことなど
一度も考えたことがなかった。
子供のころ、観ていたアニメーションは
作者不在のまま、無意識に記憶の襞にのこっていたりするけど
それをきっちり、大系化したりすることがなかったので
こういうことになるんだな。。。と少し反省。

随分前のことだけど、テックス・エイヴリーに関して
「笑いのテロリスト」というプログラムを映画館で観ていたのだった。
もの凄く面白かったが、実は一番感動したのは
作曲家スコット・ブラッドレーの音楽だった。
つまりはスクリーン上のキャラクターのめまぐるしい運動量、
その情感を音楽がどう補っているか、
というようなことを聴覚の成熟につられ
ふと考えさせられたのである。

スコット・ブラッドレーという人は
MGMカートゥーンの大部分の音を手がけている、
いわば、偉大な作曲家である。
もちろん、それをわざわざ個別に聴くようなことなんて
それまで一度もなかったことで、
テックス・エイヴリーのアニメーションを
暗闇のでっかいスクリーンで見直してみて
初めていろんなことが分かり始めたといっていい。
まさに目から鱗ならぬ、耳からも鱗であったのを
昨日ことのように覚えている。

子供にはそんなへ理屈など全く必要ないかもしれないけれど
大人になってそれを新たに理解しながらみるカートゥーンというものに、
新たな感覚の刺激が襲ってくる。

ー画面上の『ドルーピー』や『トムとジェリー
それだけで、音楽的な動きがするし、
所作などは十分視覚的にも楽しいわけだが
ただ単に誇張された表現の洪水ではなく
聴覚と視覚とがうまく計算され上の共犯関係となれば
さらに感覚的な面白さが増すのは当然だ。

大人たちは、それを知のゲームとして
うまく変換することができるってこと。
音楽と映像の関係を読み解くというは、
そうゆう別の快楽があるということを知ったということなのだ。
動きが速いので、音楽も断片的であったり
効果音が絶妙に絡んでいたりして、
ウエブにおける動画の音付けなんかにも参考になるとおもう。

とはいえ、そんな知的遊戯性のことなど
日々すっかり忘れていたのだが、
ふたたび刺激を求めて
ことあるごとにテックス・エイヴリーの動画を探して
確認してしまうという習慣がついた。
おかげで、発想力に、物事の伝播力には
少しは磨きがかかったような気がしているが
どうだろうか?

カトゥーンそのものはせいぜい10分もない短いものばかり。
人間の集中力にうまく呼応してくれているわけだ。
いわば星新一のショートコント、
あるいは稲垣足穂の『一千一秒物語』にも通じているようなそんな感覚を覚える。
即効性、即時性の魔力。

人と人のコミュニケーションだって
中のいい間柄でない限り、そういう短い状況がほとんどである。
その際に、どうやってうまくコミュケーションをとるか?
いわゆる瞬発力を養うにはもってこいのメディア。
それが自分にとってのカートゥーンである。
だからこそ、テックス・エイヴリーとスコット・ブラッドレーとの、
映像と音響のめくるめく感覚の交歓には
いつになっても心踊らされるのだ。

 


The Howlin´ Wolf cartoon